大谷 尚の画像

専門領域について

Q どのようなきっかけでこの学問を始めたのですか?

学生時代は、教育内容論・カリキュラム論が専門でした。ただ、指導教官が型破りな先生で、「カリキュラムというのは、人間の歩む道のことだ。おのれの道を本当に歩んだ者にしか、カリキュラムは語れないのだ。だから俺は、君が何をやるといっても絶対に止めないぞ!」とい言われていました。

このようなご指導の下、修士論文ではペスタロッチの「直観」をやり、博士課程では教育内容の基礎論としてマルティン・ハイデッガーの現象学をやっていました。
しかし博士課程の1年の頃、当時、社会で少しずつ使われ始めたコンピュータというものが、教育あるいは学習において、どのような働きをし、どのような問題や課題を生んでいくのかということを探りたくなり、筑波大学の学術情報処理センター(名大の大型計算機センターのようなものですが、コンピュータの教育利用も研究していた)に、わらじを脱いで、半年間指導を受けました。
まだパソコンの無い頃で、大型計算機を使って、学術情報データベースを用いて研究動向を調査する研究をしたり、小学校に実験的に設置して研究していた CAI(Computer Assicted Instruction) システムについて学びました。

そのような経緯から、長崎大学の教育学部附属教育工学センターに採用され、その後、少しずつ実用化されるようになったパソコンを用いて、授業の分析などを行っていましたが、名古屋大学に移ったころ(1989 年)から、コンピュータが教室で学習に使われるようになり、じっさいにそれに触れる子どもや教師がどのような問題につき当たるのかを解明していく必要を強く感じ、コンピュータの教育利用を対象とした研究をするようになりました。その後、テクノロジーの教育利用について広範な観点から検討する必要を感じ、現在に至っています。


現在の研究について

Q 現在の主要な研究の内容を教えてください

コンピュータやインターネットなどのテクノロジーの教育利用を、学校教育の包括的な文化的文脈で検討することです。
テクノロジーは、学習文化や学校文化に何らかの変化をもたらす可能性があります。
また学校教育は、テクノロジーの使われ方に制約や拘束を与えて、それを変化させる可能性があります。つまり、テクノロジーと学校教育とは、相互に影響を与えながら、これからの教育が形作られていくはずです。このような点を、学校での実際の観察や面接調査を行い、記録を作成して分析を行う、「質的研究手法 Qualitative Research Method 」という方法で研究しています。
また、質的研究手法を活用し、テクノロジーの教育利用の研究で得られた成果を生かして、医学教育についての研究も行っています。


Q 今までの研究で一番心に残っている出来事、ハプニングを教えてください

それまで授業分析をやっていたのですが、コンピュータを用いた授業は、「学習活動が個別化する」、「発問・発言の全くない授業さえある」、など、従来の授業とは大きく異なる形態になることが多いため、逐語記録を作成して行う従来の授業分析手法が使えませんでした。また、コンピュータとこれまでの教室文化との間に生じるコンフリクトを解明するためには、問題を文化的な視点で分析することのできる手法が必要でした。

そしてそのような研究の方法を探していた時に、「質的研究手法」と出合いました。さらに、1991-1992 年の1年間、そのような手法で学校教育におけるコンピュータ利用を研究しているトロント大学教育研究大学院(OISE(The Ontario Institute for Studies in Education)の Ronald G. Ragsdale 教授のところで研究する機会を得ました。私にとっては、これがいちばんの転機だったといえるかもしれません。なお、トロント大学には、 2005-2006 の1年間も研究のために滞在し、OISE だけでなく、医学部、法学部、神学部(神学カレッジ)での調査も行いました。


講義について

Q 授業のねらい、背景を教えてください

学部の講義は、学校教育におけるコンピュータとインターネット利用の多様な形態を体系的に理解し、またそれらの問題や課題について考えられるようになることを目的に行っています。
学部の演習は、英語の文献を読んでいます。大学院受験の準備にもなるという評判もあり、大学院をめざす多様な学生が集まってきています。


学生へのメッセージ

Q 求められる学生像を教えてください、またその他なんでも結構です

ドイツの教育学者ボルノー(O. F. Bolnow)は、「像を規定しないこと(Bildlossigkeit)」の重要性を論じています。私もこれにならい「望ましい学生像」を持たない主義です。

ただ、大学での研究に喜びを感じられなければ、大学に来る意味はないと考えます。
喜びをもって研究できるテーマと指導教員を選んでください。
また、研究には、その背景となる多様で幅広い知識や経験や視野やものの考え方と、それらから沸き上がってくる深い問題意識が必要です。専門の勉強はそのようなものにこそ支えられるものであることを理解してください。そのために、学部生だったら1年間に 100 冊くらいの本を読むつもりで本に向かってください。


指導生からひとこと

大谷先生の研究の中心は、学校教育におけるテクノロジー利用を対象とした質的研究です。学会のシンポジウムなどでは、いつも、実際の観察調査や面接調査で得たデータに基づくユニークでオリジナルな視点からの説得性ある講演で、多くの参加者をうならせています。質的研究手法についての日本における第一人者の1人でもあり、質的研究者で先生の名前を知らない人はほとんどいません。最近では、医学教育の世界でも活躍し、医学会総会、医学教育学会、総合診療医学会をはじめ医学関係の学会での講演やセミナーを依頼され、また国立病院の臨床研修管理委員会の委員までなさっており、その方面でも大変にお忙しくなさっています。また、こどもの遊びである「ゴムだん」についての、ネットワークを用いた調査の試みである「ゴムだんプロジェクト」も行っています。さらに、ノンスピルマグのコレクターでもあります。そして音楽家であり、よき「夫」、よき「パパ」でもあります。ゼミでは、よく話が脱線します。しかしそれは、さまざまな世界の豊かなお話とどうしようもないオヤジギャグを聴く、楽しい機会でもあります。