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研究目的(概要)

現在、地方分権政策が進められている中で、住民自治によるコミュニティ・ガバナンスをどのように構築していくのかが政策的に大きな関心事となっている。コミュニティ・ガバナンスはソーシャル・キャピタルの形成と密接に関わっており、両者を結びつけた研究もなされている。本研究では、新たに「社会教育福祉」という考え方を導入し、コミュニティにおいて社会教育・生涯学習と地域福祉が融合した活動を創出することによってソーシャル・キャピタルの形成がいっそう促進され、コミュニティ・ガバナンスが促されるという仮説のもとに、新たな理論とシステムの構築を図ることを目的としている。そのために、ドイツや北欧のSozialpaedagogik(ドイツ)やアジア諸国の生涯学習と地域福祉が融合した新たな活動の創出に注目して比較研究を行う。

1. 研究の学術的背景

地方分権と規制緩和に基づいて進行している自治体行財政改革のもとで、社会教育・生涯学習に関する行政組織の再編成が大きく進み、まさに現在、地域における社会教育・生涯学習のあり方が模索され、学校教育との関連が課題化されている。研究代表者は、『現代社会教育の課題と可能性』(松田武雄、九州大学出版会、2007年)の中で、公民のパートナーシップの形成を通じた市民的公共性に基づく地域社会教育のあり方について提案しており、本研究課題にも関連している。


この研究課題に取り組む中で、地域社会におけるソーシャル・キャピタルの形成において社会教育・生涯学習の果たす役割が大きいことが確認されたが、それとともに地域福祉がコミュニティの社会教育・生涯学習を支えており、ソーシャル・キャピタルについて考える上で、社会教育・生涯学習と地域福祉との関連性について考察することが不可欠であると認識するに至った。そこで、現在の研究課題を発展させるという観点から、コミュニティにおける「社会教育福祉」システムあるいは「社会教育福祉学」の構築を目指した研究課題を新たに設定した。「社会教育福祉」という用語は造語であるが、社会教育と地域福祉を融合した新たな領域をイメージしている。


この研究は日本では、松田が「社会教育福祉としての公民館研究の意義」(2008年)と題する論文を発表しているに過ぎない。しかし、ドイツ、北欧などの国では、Sozialpaedagogik(社会教育学、ドイツ)という領域が歴史的に確立されてきた。福祉領域において教育的なアプローチから人間形成やコミュニティ開発に取り組んでおり、生涯学習(学校教育と成人教育)と福祉が融合したような領域、学問分野である。この研究も大串隆吉など限られた研究成果しかない。


一方、特に東アジア諸国では近年、地域社会において生涯学習と福祉が融合した活動が行われ始めており、研究も始まっている。また、アメリカでも、サ−ビス・ラーニングを通じてコミュニティ・サ−ビスを重視する教育福祉的な側面が見られる。本研究では、このような「社会教育福祉」に関わる欧米及びアジア諸国と日本の比較研究をすることにより、ソーシャル・キャピタル形成のメカニズムを新たな視点から解明しようと するものである。


その際、地域において住民が主体となって民主的にコミュニティを統治していくコミュニティ・ガバナンスをどのように創り上げていくのかという課題とソーシャル・キャピタルの形成は密接に関わっているとともに、コミュニティにおける「社会教育福祉」システムの構築は、地域における住民自治に基づくコミュニティ・ガバナンスの創造と相互に作用し合う関係性があると考えた。そこで本研究では、コミュニティ・ガバナンスと関連づけて地域における「社会教育福祉」システムの構築(学校教育とも連携した)を目指した比較研究を行うことを目的としている。

2. 何をどこまで明らかにするのか

比較研究の対象国は、韓国、中国、台湾、中央アジア(特にウズベキスタン)、ドイツ、スウェーデン、デンマーク、アイルランド、イギリス、アメリカ及び日本である。各国を1人ないし2人で担当し、日本については数名で地域調査を継続していく。期間は4年間とする。第1年度は、研究の視点と方法、枠組みについて合意をした上で、各国の特徴を把握する調査を実施する。特にSozialpaedagogikとコミュニティ・ガバナンスがキーワードとなるので、この点についての理解を共有する。


第2年度は、初年度の調査を概括した上で、海外及び日本の典型的な地域を選定し、地域に入り込んで調査する。その際、生涯学習、地域福祉、コミュニティ・ガバナンスの関係性を視点に置いた調査とする。国内では、特に松本市と飯田市において住民に対する調査を行う。また、スウェーデンの研究者を招いてSozialpaedagogikについて講義していただき討論する。


第3年度は、引き続き調査を継続するとともに、ドイツの研究者を招いて講義していただき、日本と東アジア諸国における生涯学習と福祉の地域的展開について討論する。最終年度は、補足的な調査を行うとともに、韓国から研究者を招いて講義していただき討論する。研究課題に関する各国の特質について総括し、コミュニティ・ガバナンスと「社会教育福祉」システムの構築に関する理論的な総括と具体的な政策的提言を行う。

3. 本研究の学術的な特色・独創的な点と意義

現在、地方分権政策が進められている中で、住民自治によるコミュニティ・ガバナンスをどのように構築していくのかが政策的に大きな関心事となっている。社会教育・生涯学習の分野でも、私達は「社会教育ガバナンス」という用語をつくり出して日本社会教育学会年報として刊行した。


コミュニティ・ガバナンスはソーシャル・キャピタルの形成と密接に関わっており、両者を結びつけた研究もなされている。本研究では、このような現在の研究動向に対して、新たに「社会教育福祉」という考え方を導入し、コミュニティにおいて社会教育・生涯学習(学校教育を含む)と地域福祉が融合した活動を創出することによってソーシャル・キャピタルの形成がいっそう促進され、コミュニティ・ガバナンスが促されるという仮説のもとに、新たな理論とシステムの構築を図ろうとする点に特色がある。本研究によって、教育学の領域に限定されていた社会教育学を地域福祉と関連づけ、新たな学際領域を構築するとともに、コミュニティ・ガバナンスという政策的課題について、従来にない視点から提言することができる点に大きな意義がある。

研究目的

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